半世紀前、日本で初めての万博が大阪で開かれました。
誘致の導火線とでもいうべき役割を果たしたこの人の人となりは解説・解答ページでどうぞ。いま、こんな役人が霞が関にいるのでしょうか?

この人物は誰でしょう?
1935(昭和10)年~2019(平成31)年 小説家・経済評論家 大阪市生れ。 東京大学経済学部卒。
大学卒業後、通産省入省。通産省時代に1970(昭和45)年の大阪万博の開催を主導し、成功へと導いた。また、石油が中東に依存する日本への警告として小説「油断」を著す。
その後も沖縄海洋博やサンシャイン計画などに通産官僚として手腕を発揮する傍ら、小説「団塊の世代」で戦後の第一次ベビーブーム世代が将来の日本社会に与える影響を予見し、社会の反響を呼んだ。
1978(昭和53)年に通産省を辞した後は、イベント・プロデューサー、経済評論家、作家と多方面にわたり活躍、1998(平成10)年から2年間は乞われて経済企画庁長官を務めている。
作家としては他に「巨いなる企て」・「峠の群像」・「豊臣秀長・ある補佐役の生涯」・「鬼と人と~信長と光秀~」などがあり、映像化されたものも多い。
作家としては他に「巨いなる企て」・「峠の群像」・「豊臣秀長・ある補佐役の生涯」・「鬼と人と~信長と光秀~」などがあり、映像化されたものも多い。

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