暑さ寒さも彼岸まで。
お彼岸が庶民の年中行事となったのは江戸時代だそうです。
それと共に使われ始めたのが、このことわざです。
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毎年よ彼岸の入りに寒いのは
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正岡子規が東京の根岸に住み始めたのは、1892(明治25)年。ほどなく郷里の松山(愛媛県)から母と妹を呼び寄せ同居するのですが、この句はそれから間もない頃に母が言ったことをそのまま句にしたものです。
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「熱い寒いも彼岸まで」とは土地の人のよく言うことだが、彼岸という声を聞くと、ホッと溜息が出る。五ヵ月の余に渡る長い長い冬を漸く通り越したという気がする。
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これは、島崎藤村「千曲川のスケッチ」にある一文です。
同書自体は1912(大正元)年に刊行されていますが、書かれているのは1899(明治32)年から1907(明治38)年までの小諸(長野県)居住時のことです。
ところで、関西人にはこのことわざ以外にも、暑さ寒さに関して引き合いに出される行事があります。
一つは、夏の高校野球と暑さ。
「暑いでんなあ! 甲子園が終らんとどもならんワ」
いま一つは、奈良・東大寺のお水取りと寒さ。
「お水取りが終ったら、寒いんもちょっとはマシになるデ」
皆さんのところにも、全国版の「暑さ寒さも・・・」以外のものが、なにかありますか?
